意地悪な武士

「うん」ではなく「はい」とお返事ください。そう注意するまでもなく、引継ぎを始めて昼過ぎには彼女の顔は曇り、自然「はい」としか言わなくなった。ピボットテーブルで集計された表に口ごもり、サムでもアベレージでもない関数に絶句し、そうして午後の3時半には編集していた表を完全に破壊し、シート間の連携も関数もめちゃくちゃにし、「これってこの表に反映されないんですね」と、自分自身にとどめをさすような一言を吐いたのだった。「いえ、反映されるはずですよ。いいですよ、これはなおしておきますから」わたしの言葉は冷凍の肉まんくらい冷たい。世の中はシビアなんだよ。この程度の関数すら理解できない人間が、「即戦力です、派遣です、スキルが売りです、派遣です、派遣の品格見てるんです」みたいなノリでやってくるのが一番の迷惑。終業間際に尋ねてきた派遣会社の営業を、ほとんど役員しか使わない応接室に勝手に招きいれ話をし込む彼女にメモを残して部屋を出る。「終業時間ですのでお先に失礼します。本日はお疲れさまでした」
「お話しされるなら、そちらの打ち合わせスペース使ってくださって結構ですよ」そんな日本語すら通じないのかな。仕方ない。今日営業をその応接に招き入れたのだけは黙っててあげるよ。せめてもの武士の情け。だけど覚えておいて。この武士は意地が悪い。