さぁ何にもなくなる

 横断歩道で信号を待ちながら空を見上げたら飛行機が西の空に向かって飛んでた。先に飛んでった飛行機の残した、もぞもぞと形の崩れて太ったジェット雲の横を定規で引いてるみたいにまっすぐ飛行機が飛んでくから、なんだかそれがすごくきれいで馬鹿みたいに見上げてしまったんだけど、そうしたら前を歩いてる背の低いおじさんも妙に熱心に空を見てるからわたし気恥ずかしくなっちゃった。後ろから来た女子高生たちったらおしゃべりに夢中で飛行機雲のことなんて気づきもしないのに、なんだってわたしと、よりによってこんなかっこ悪いおじさんが一緒になって空を見上げてるんだろうって、少しそう思った。
 それからもっと西の空を見たら、今飛んでいく飛行機と垂直に交わるような形にやっぱり2本のもこもこと太った飛行機雲があって、とにかく今日は飛行機日和みたい。
 そうして駐車場まで歩いて車に乗り込んで、いつもどおり西へと帰ってゆく。いつの間にか方向を変えた飛行機が、もうすっかり低くなった太陽の最後の光に跳ねる魚の腹みたいにきらりと金色に光る。あと少しで飛行機も雲もすべてが葡萄の色に呑み込まれて、さぁ何にもなくなる。