ガソリンスタンドとバッタの話

 あの子のかかりつけの総合病院の交差点を挟んだ斜め向かいのスタンドで給油が終わるのを待つ間ぼんやり考える。レンガの壁のでこぼこを目で追いながら、きっとあの頃はまだ幸せだったんだ、あの頃はまだ人生はつるつるしてて夏の空みたいに果てしなくつかみどころもなく幸せだったんだ、それからあの頃、あの頃だって多分まだまだ幸せだったんだ、すべてはほんの一時的なことに過ぎなくて少ししたら何もかもが夢のように消えうせてしまうに違いないってそんな根拠のない自信に満ち溢れて生きていたんだ、それからそれからあの頃もあの頃もあの頃も。いつまでが幸せでいつからが幸せじゃなくなるのか転がり続けてる間にもうわからなくなる。多分結局きっと、いつか今のことを思い出してあの頃は幸せだったんだって思う日が来る。そう思う。


 「バッタをつかまえたいの」あの子がそう言ってきかないから夕ご飯のしたくもせず少し離れた大きな公園へ虫かごを持って行く。二人でバッタを捕まえてたら遠くから何人もの子が「おーい」って、あの子の名を呼び走ってきて、それから一緒になって懸命にバッタを捕まえてくれる。「みんな友達なの?」「うん友達だよ。去年一緒のクラスだった子とか今一緒のクラスの子とか。でもあの子は一年生、学童で一緒なの。よく挟み将棋やオセロをして遊んでる」「へぇー」びっくりしちゃうくらいたくさんのバッタであふれかえる虫かご。
 「あんなにたくさんのお友達がいるんだ」帰りの車の中できいてみる「うんいるよ」当たり前でしょって顔であの子は言う。なんだか嬉しくて片手をハンドルから離してあの子の頭をそっと撫でて、今日は楽しかったねって。知らない間にあの子はわたしの思ってたよりずっと逞しくなっている。何もかも跳ね返せるくらい逞しくなってる。バッタが跳ねてがさごそいう。